新しい世界へ飛び込み続ける!渡仏してファッションデザイナーをしていた僕がインサイドセールスになるまで
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新しい世界へ飛び込み続ける!渡仏してファッションデザイナーをしていた僕がインサイドセールスになるまで

お疲れ様です!昨年12月にインサイドセールスチームへジョインした小林 達矢です!
今日は僕の一風変わった経歴についてお話させていただきます。宜しければ最後までご覧下さい。

実は元デザイナーです!紙面の世界に憧れた少年時代

そもそも何故デザイナーを志したのか、それは実家の環境かなと思います。小林家では祖父の代から女性ファッション誌を主に取り扱う印刷会社を営んでいた為、実家にはそこで印刷した雑誌が常に置かれていました。それを子供ながらに手に取って眺めていた僕は、紙面の中で繰り広げられているパリコレクションの様子などに自然と興味を持つようになり、高校卒業後は家族の大反対を押し切って文化服装学院という服飾系の専門学校へ進学しました。
( 余談ですが、この頃から左右対称の服を着なくなり、親からは「駅で着替えて」と言われるようになります。笑 )

初めて雑誌に取り上げてもらった文化服装学院での卒業制作

渡仏・初めての就職

念願叶って進学した文化服装学院で「水を得た魚」のように学生生活を満喫した後、日本では飽き足らず、そのままファッションの本場であるフランス・パリへ渡りました。
ただ技術や知識は多少持っていたものの、カタコトのフランス語、コネも人間関係もない状態だったので、当時は自分のレジュメ(作品集)を持って、働きたいブランドのアトリエに飛び込みで訪れ「ここで働かせて下さい!! 」と『千と千尋の神隠し』のような事をしました。(コロナ禍の今だったらさらに苦労したと思います・・)

持ち込んだレジュメの一部

その結果なんとか「無給インターンでOKなら」と手を動かす機会を得ました。その後、仕事が認められ有給になり社員になり、結果的に渡仏前から憧れていたブランドで働くことが出来るまでに辿り着きました。
(余談ですが、パリの面接は日本のような質問は一切なく「10分あげるから貴方の出来る事を教えて」といった非常に不親切(?)なものでしたが、そのおかげでフランス語も幾分成長しました。笑 )

得意だった立体裁断
リサーチでよく訪れていた美術館の彫刻達

フランスでの生活にも慣れ、美術館などを楽しむ余裕も生まれ、充実した日々を過ごしていました。そんなある日、パリコレで来仏していた日本の方達と食事をした際「ウチで働かない!?」と思いがけない誘いを受けます。

正直相当迷ったのですが、実際フランスで働いてみて「パリのモード界でアジア人がのし上がっていく難しさ」みたいなものを、自分自身で切に感じていた時期でもあったので、悩んだ挙句に帰国することを選びました。

パリで好きなスポット3選!
左上「リュクサンブール公園」右上「(焼失前の)ノートルダム大聖堂」
下「(アメリで有名な)サン・マルタン運河」

超キャリアチェンジ

心機一転、日本のとあるブランドで働き始めたものの、パリのアトリエとは全く違う、日本独特の封建的で年功序列な組織に戸惑いまくりました。結局その組織風土に馴染めず1年で退職してしまうのですが、すっかり怯んでしまった僕。
パリにも戻れず、日本の他のブランドに転職する気も起きず、「好きなことは好きなこと/仕事は仕事」と踏ん切りをつけ、全く違う業種・職種への転職を決意します。

そして駆け込んだ転職エージェントに、「能動的に働ける環境、やったらやった分だけ評価される社風」と伝えたところ、紹介されたのが前職の「一休.com」を運営する株式会社一休の新規営業でした。
一休では全くの営業未経験であったものの、過去に飛び込み営業と近しい経験があったことや、デザイナー時代も物作りと同じくらいデザインをプレゼンすることが得意だったこともあり、意外に営業としても「水を得た魚」のように目標達成に邁進することが出来ました。
( またまた余談です。新規営業時代はターゲットが地方の老舗旅館などで、いわゆる「どぶ板営業」を経験。訪問・飛び込み・待ち伏せ・資料の投げ入れ・接待・・出来ることは全てやるスタイルでした。 )

その後、社内初のインサイドセールス機能の立ち上げや、マネジメントも経験し、自分としてキャリアチェンジを成功と捉えられるようになった頃、自然と新しいことにチャレンジしたくなっている自分の気持ちに気づきました。

「オフサイトという名の飲み会」など一休での楽しかった日々
北海道の知床でスリップ事故を起こして死にかけた思い出

なぜビザスクに?

第一に、この新しいビジネスモデルに惹かれたことです。それは入社後にも実感しており、オンボーディングを担当していただいたるり子さんが「ビザスクにとっての一番の脅威はそのクライアントが何もアクションしないこと」と仰っていたのが今でも印象に残っています。
それだけ新しいサービスを拡げていく途上で、その一端を担いたい、そんな会社の一員になりたいと思ったのが一番の志望理由です。

また今の上司でもある祐太さんとしたカジュアル面談も、ビザスクにアトラクトされた理由の1つです。サービス説明や展望、インサイドセールスに対する熱い想いを聞いた時に「なんて良いチームなんだ。自分が心から携わりたいサービス、組織はこれだ。こういう人達と働きたい。」と感じた事を覚えています。
( 実はビザスクを本当に初めて知ったのはWBSで社内上場セレモニーの報道を見た時。当時は「コロナ禍にもめげずユニークなことをする会社だな」と思ったのが最初です。笑 )

こうして入社したビザスクでもうすぐ3ヶ月。業務はもちろんそれ以外も、想像を遥かに超える楽しさで充実した日々を過ごしています。今はまだ未熟でありますが、早く一人前になり、初心を忘れず、ビザスクのサービスを1人でも多く、一社でも多く広められるよう、インサイドセールスとして先陣を切って切り拓いていけるような一員になりたいと思っています。

改めまして、皆さま今後ともどうぞ宜しくお願い致します!

期末ラストの定例で飛び出したオンライン一本締め

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